ロバート・A・ハインライン『夏への扉』The Door into Summer, 1957

●福島正実訳 ハヤカワ文庫SF 2010

ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ。そんな時、「冷凍睡眠保険」のネオンサインにひきよせられて…永遠の名作。

●小尾芙佐訳 早川書房(新訳版) 2009

 大宇宙を舞台にした壮大な活劇ではありません。 全人類を巻き込む事件でも国家存亡にかかわる事件でもなく、ありがちな裏切りと(ささやかな)復讐と本当の恋人を探す旅のお話です。 テーマとしては分かりづらいタイムパラドックスものだし、主人公もどちらかというとパッとしない朴訥な中年です。 でもこの作品はエンターテインメントして文句なく面白い一冊であり、各種読者アンケートで必ずといっていいほど第一位に鎮座するベスト・オブ・SFなのです。

 「この本を読むと元気になれる」と書いた書評・紹介記事ありました。 まさにその通り。 千尋の谷だろうが奈落の底だろうが、人はがんばればそこから這い上がって幸せをつかむことができる。 そんな希望を目の前に置いてくれる作品です。 でも一番の泣かし処を持っていくのは、もの言わぬ猫。 猫のピートが喉を鳴らしてベッドの上に飛びおりるシーン、泣いてしまいます。 猫好きの人は問答無用、読むべし。


広瀬正『マイナス・ゼロ』

●集英社文庫(改訂新版) 2008

1945年の東京。空襲のさなか、浜田少年は息絶えようとする隣人の「先生」から奇妙な頼まれごとをする。18年後の今日、ここに来てほしい、というのだ。そして約束の日、約束の場所で彼が目にした不思議な機械―それは「先生」が密かに開発したタイムマシンだった。時を超え「昭和」の東京を旅する浜田が見たものは?失われた風景が鮮やかに甦る、早世の天才が遺したタイムトラベル小説の金字塔。


 広瀬正は不遇の作家なのです。 作家デビューして10年間を“売れない作家”として過ごし、処女長編となるこの『マイナス・ゼロ』(1970)でやっと認められたものの、1972年、48才の若さで路上にて心臓発作に倒れてしまいます。 『マイナス・ゼロ』『ツィス』『エロス』と三作連続して直木賞候補になりつつ受賞を逃したことも残念です。 「報いられることなき期間があまりにも長かった作家であり、それに比して報いられることがあまりに短期間だった作家」(筒井康隆)でした。

 タイムトラベルものです。 昭和38年が物語のスタート地点。 主人公の元に18年前、東京大空襲の際に行方不明になった隣の娘・啓子が当時の姿で現れます。 空襲の際に啓子の父がタイムマシンを使って娘を逃がしたということらしい。 主人公は自らタイムマシンに乗り込むが、手違いが起きて昭和7年に取り残されてしまう……。 その後、話は昭和7年・20年・38年の間で複雑に錯綜し、ここでまとめるのはとても無理。 でも最後のどんでん返しまで一気に読めるエンターテインメントに仕上がっています。 ハイライン『夏への扉』が未来へのタイムトラベルを描いた(…といっても執筆された1957年から見た1970年)のに比べて、この作品は過去への旅。 “古き良き昭和初期”のノスタルジー豊かな描写も加わって、この『マイナス・ゼロ』の方が日本人読者には馴染みやすいと思います。

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ロバート・J・ソウヤー『フラッシュフォワード』Flashforward, 1999

●内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF 2010

全世界の人びとが自分の未来をかいま見たら、なにが起こるのか?ヨーロッパ素粒子研究所の科学者ロイドとテオは、ヒッグス粒子を発見すべく大規模な実験をおこなった。ところが、その実験は失敗におわり、そのうえ、世界じゅうの数十億の人びとの意識が数分間だけ21年後の未来にとんでしまった!人びとは、みずからが見た未来をもとに行動を起こすが、はたして未来は変更可能なのか…全米大ヒット・ドラマの原作長篇。


 何かしら突飛なシチュエーションをこしらえて、世界がどう対応するか、というシミュレーションはSFのひとつの醍醐味だと思っています。 よく使われる設定としては巨大隕石の接近なんかがあるけど、数十億の人間が21年後の未来を垣間見てしまう、というのは“思考実験”のフィールドとしては秀逸。 一本取られました。

 大勢の人間が未来を見てしまったことに起因する影響はさまざま。 民族独立運動は停滞し、保険業界は危機に瀕し、膨大な数の特許申請が行なわれ……エトセトラ、エトセトラ。 インターネットとマスメディアの動きを最大限に利用して、世界レベルの国家・民族・宗教・経済の予想される“どよめき”を描きつつも、ストーリーの中心はあくまで主人公2人の心理的な葛藤に置いているところがよい。 科学者ロイドは21年後に現在の婚約者と違う女性と結婚していた未来を見てしまい、自分のトラウマ(両親の離婚)と重ね合わせ、苦悩します。 もう一人の主人公テオの抱える問題はさらに深刻で、21年後の“その日”、メディアには彼が“殺された”というニュースが流れていたのです。 さあ、大変。 歴史は変えられるのか。

 2009-10年には米ABCでテレビドラマ版が制作されました。 こちらで全人類が垣間見るのは(21年後ではなく)半年後に変更され、物語の展開をスピードアップしています。 新たな謎と思わせぶりな伏線が大量にちりばめられ、それなりに引き込まれて視聴していたのですが、残念ながら第1シーズンで打ち切りになってしまいました。


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宮部みゆき『蒲生邸事件』

●毎日新聞社 1996

この国はいちど滅びるのだ――長文の遺書を残し、陸軍大将・蒲生憲之が自決を遂げたその日、時の扉は開かれた。雪の降りしきる帝都へ、軍靴の音が響く二・二六事件のただなかへ、ひそかに降り立った時間旅行者。なぜ彼は“この場所”へ現れたのか。歴史を変えることはできるのか。戦争への道を転がり始めた“運命の4日間”を舞台に展開する、極上の宮部ミステリー。

●文春文庫(新装版)(上下) 2017

●講談社青い鳥文庫(前後編) 2013


 (昔書いた文章そのままでお送りします)

 ミステリーとして“極上”かどうかはおいといて、タイムトラベルものとして読むのが正しいだろう。 二・二六事件の只中という緊迫した時勢とはいえ、垣間見える昭和初期の風情は読んでて心地よい。

 僕はタイムトラベルを扱った小説は好きなほうである。 (21世紀加筆:「好きなほう」じゃなくて「大好物」です) ただ、今流行りの架空戦記ものをみたいに、 (同:90年代はめっちゃ流行ってました) 歴史上の知識や最新テクノロジーを武器にそりゃもう大暴れ、なんてやつは好きじゃない。 アフリカや新大陸で行われた蛮行を見ているような気になるのは、設定からして全然フェアじゃないからだし、その結果はただの弱いものいじめだからだ。 書く方も読む方もかなり鬱屈しているに違いない。 (同:言いすぎです) (半村良の『戦国自衛隊』みたいに真にSF的・実験的な仕掛けが施されていれば別だけど……映画はひどかったが)

 架空戦記ものの何が間違っているかって、それは歴史を大々的に徹底的に変えているから(変えようとしているから)。 ルールのないゲームはつまらない、これは間違いない。 (同:「チート」という言葉が一般的でなかった時代の話です) 何でもアリの設定からは“センス・オブ・ワンダー”は生まれない。 そこで結論。 歴史は変わらない(『戦国自衛隊』も“歴史は変わらない”という部分がSF的なミソだった)。 “歴史を変える”という設定をSFに持ち込む方法としてパラレル・ワールドがあるけど、これは二つの異なる世界の接点を描くところがミソであって、単に“異なる歴史を持つ世界へ殴りこみ”では意味がない。

 話がどんどん横道に外れていきますな。 タイムトラベルを扱う作品で僕が面白いと思うのは、主人公が行った先々で風俗の違いに“個人的に”戸惑う場面だったり、行った先々の人々が100円ライターとかに“ちょっとだけ”驚く場面だったりするのだ。 最初、主人公たちは自分の知識をもとに、歴史を(良い方に)大きく変えようと考える。 これは当然だと思う。 でも、次第に自分ができることや自分がやっていいことを理解し、わきまえていくことになる。 それは、ほんの一握りの人間の命を救うことだったり、好きな人にもう一度会うことだったり、歴史を変えるなんてお題目からすれば、ささやかな望みである。 でも、そこがいい。 その過程こそが、主人公の成長過程なのだから。 (同:大きく出ましたね) そういった意味で、この『蒲生邸事件』も楽しく読めた一冊であった。 (同:内容に一切触れず言い切りました)


ケン・グリムウッド『リプレイ』Replay, 1987

●杉山高之訳 新潮文庫 1990

ニューヨークの小さなラジオ局で、ニュース・ディレクターをしているジェフは、43歳の秋に死亡した。気がつくと学生寮にいて、どうやら18歳に逆戻りしたらしい。記憶と知識は元のまま、身体は25年前のもの。株も競馬も思いのまま、彼は大金持に。が、再び同日同時刻に死亡。気がつくと、また――。人生をもう一度やり直せたら、という窮極の夢を実現した男の、意外な、意外な人生。


いわゆる“ループもの”。 世界幻想文学大賞長篇部門(1988年)受賞。

(読み直します)

北村薫『ターン』

●新潮文庫 2000

真希は29歳の版画家。夏の午後、ダンプと衝突する。気がつくと、自宅の座椅子でまどろみから目覚める自分がいた。3時15分。いつも通りの家、いつも通りの外。が、この世界には真希一人のほか誰もいなかった。そしてどんな一日を過ごしても、定刻がくると一日前の座椅子に戻ってしまう。いつかは帰れるの? それともこのまま……だが、150日を過ぎた午後、突然、電話が鳴った。


これも“ループもの”。「時と人」三部作の真ん中に位置する作品です。

(読み直します)


西澤保彦『七回死んだ男』

●講談社文庫 2017

高校生の久太郎は、同じ1日が繰り返し訪れる「反復落とし穴」に嵌まる特異体質を持つ。資産家の祖父は新年会で後継者を決めると言い出し、親族が揉めに揉める中、何者かに殺害されてしまう。祖父を救うため久太郎はあらゆる手を尽くすが――鮮やかな結末で読書界を驚愕させたSF本格ミステリの金字塔!


これも“ループもの”。

(読み直します)

半村良『戦国自衛隊』

●角川文庫 2005

日本海側で大演習を展開していた自衛隊を、突如“時震”が襲った。突風が渦を巻きあげた瞬間、彼らの姿は跡形もなく消えてしまったのだ。伊庭三尉を中心とする一団は、いつの間にか群雄が割拠する戦国時代にタイムスリップし、そこでのちに上杉謙信となる武将とめぐり逢う。“歴史”は、哨戒艇、装甲車、ヘリコプターなどの最新兵器を携えた彼らに、何をさせるつもりなのか。日本SF界に衝撃を与えた傑作が新装版で登場。


架空戦記ものの元祖です。 SF作品として凄いな、と思ってます。 アクション主体の角川映画(1979)では、この作品をSFたらしめている肝の部分がごっそり抜け落ちているので要注意。

(何度も読み直していますが。また読み直します。)


清水義範「三億の郷愁」

●ソノラマ文庫NEXT 1999

時は流れ、渦巻く。 そんな奔流に呑み込まれた人、飛び込んでいく人、流れを楽しんで、たくましく泳ぎ回る人。 悔いの多い青春をやり直すチャンスもあれば、人を助けることもできるのだ。 あの時代にまんまと三億円をせしめようとする表題作を始め、卓抜したアイデアとユーモアがぎっしり、そしてレトロな味も魅力なタイム・トラベル、時にはトラブル、傑作短編集。


 “タイムトラベル”ものが好きな僕にとって、一番気軽に読み返しやすい佳作。
「三億の郷愁」――1968年にタイムトリップした2人組が、たまたま手にしていた“三億円事件”のノンフィクションを参考にして、そのお金を横取りしようとする話。
「また逢う日まで」――この作品が一番好きです。主人公と読者だけが共有できる真実。ラストにホロリときます。
「タイムトンネルだよ、ピーナッツ!」――ある意味とても現実的で安全なタイムトラベルの実践方法。
「21人いる!」――タイムパラドックスをスラップスティック気味に展開しておいて、ラストできっちりとオチをつける。
「バイライフ」――これはちょっとした、作者のお遊び。
「人生かし峰太郎」――映画「ターミネーター」のパロディ。

ジャック・フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』I Love Galesburg in the Springtime, 1963

●福島正実訳 ハヤカワ文庫FT 1980

由緒ある静かな街ゲイルズバーグ。この街に近代化の波が押し寄せる時、奇妙な事件が起こる……表題作他、現代人の青年とヴィクトリア朝時代の乙女とのラヴ・ロマンスを綴る「愛の手紙」など、甘く、せつなく、ホロ苦い物語の数々をファンタジイ界の第一人者がノスタルジックな旋律にのせて贈る魅惑の幻想世界。


(読み直します)