パット・マガー『四人の女』... Follow, As the Night ..., 1950

●吉野美恵子訳 創元推理文庫(新版) 2016

前妻、現夫人、愛人、そしてフィアンセ――人気絶頂のコラムニスト、ラリーを取り巻く四人の女性。彼はひそかに自宅バルコニーの手摺に細工し、四人をディナー・パーティに招いた。ラリーには、そのなかの一人を殺さねばならない切実な理由があったのだ……。一作ごとに趣向を凝らす才人マガーが、犯人ならぬ「被害者捜し」の新手に挑んだ、いつまでも色あせない傑作ミステリ。


 マガーには一風変わったシチュエーションの作品が多いのです。 殺人犯が4人の客の中から被害者が生前に手配していた探偵を探す『探偵を捜せ』、 新聞記事に知人が殺人で逮捕されたとあるが肝心の被害者の名前がちぎれていてわからない『被害者を捜せ』、 状況的に目撃者がいるはずなのに何故か誰も名乗り出ない『目撃者を捜せ』、 知人からの手紙で「あなたのおばさまが殺人を」と知らされたけど…『七人のおば』、 といった具合。

 この作品も元夫の殺人“計画”を知った元妻が、夫が誰を殺そうとしているのか推理するという設定です。 元夫に気取られないように振舞いながら犯行が行われる前に対処しなければならない“現在”と、 元夫のターゲットを絞り込むべくその人生を詳細に振り返る“回想”がフラッシュバックする展開がとてもスリリング。

 登場人物それぞれの個性が十分に書き込まれていて、事件なんか起こらなくても(起きますが)十分に“読ませる”ストーリー展開です。 クリスティ・ファンには必ずオススメする作家のひとり。


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ウィリアム・アイリッシュ『黒いカーテン』The Black Curtain, 1941

●宇野利泰訳 創元推理文庫 1960

事故で昏倒したことがきっかけで、記憶喪失から回復したタウンゼンド。しかし、彼の中では三年半の歳月が空白になっていた。この年月、自分は何をしてきたのか?不安にかられる彼の前に現れた、瑪瑙のような冷たい目をした謎の男。命の危険を感じ取った彼の、失われた過去をたどる闘いが始まった。追われる人間の孤独と寂寥を描かせては並ぶ者のない、サスペンスの名手の真骨頂。


 主人公が目覚めるところから始まります。 落下物を頭に受けて気を失っていたらしいとわかり、たいしたケガでもなかったのでそのまま家に帰ってみると妻がいない、代わりに住んでいた人間はもうここに数年住んでいるという。 自分は今朝、この家から出勤していったというのに……。 と、いかにもアイリッシュらしい導入部です。 上のあらすじの通り、実は3年前に一度記憶を失い、そして今日また記憶を取り戻したのだと判明します。 普通ならここで愛する妻を探し出して感動の再会を果たし、失った3年の歳月を2人で取り戻そうと誓い合って、めでたしめでたしとなるところですが…… もちろんそうはなりません。 アイリッシュですから。

 ほどなく誰かに尾行されていることに気がついた主人公は、危険を察知して逃げ出します。 そして自分が殺人犯人として追われているという事実を知ることになります。 そんなこと言われても、3年前までの記憶を取り戻した替わりに、ここ3年間の記憶はきれいさっぱり失っているので、自分が正真正銘の殺人犯なのか濡れ衣を着せられているのか、全然わからないのです。 わからないけど、とりあえず逃げなくっちゃ! アイリッシュですねぇ。

 “サスペンスの詩人”といわれたウィリアム・アイリッシュだけあって、全篇スリルに満ち溢れています。 濡れ衣を着せられた主人公が追われながらも真実に肉薄していくというストーリーは数あれど、自分のことながら記憶喪失のために何も確信が持てない、という設定はハラハラドキドキ(死語)です。 アイリッシュの作品では、コーネル・ウールリッチ名義の『幻の女』が評価が高いけど、僕はこの『黒いカーテン』の方が好き。

 『黒いカーテン』は中編といっていいボリュームですが、やはり、アイリッシュの真骨頂は短編です。 その意味では創元推理文庫の『アイリッシュ短編集』はオススメです。 ヒッチコック映画の原作「裏窓」を始め、面白い作品がゴロゴロしてて、お買い得です。

アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』Tales of the Black Widowers, 1974

●『黒後家蜘蛛の会1』池央耿訳 創元推理文庫(新版) 2018

“黒後家蜘蛛の会”の会員―弁護士、暗号専門家、作家、化学者、画家、数学者の六人、それに給仕一名は、月一回“ミラノ・レストラン”で晩餐会を開いていた。食後の話題には毎回不思議な謎が提出され、会員が素人探偵ぶりを発揮する。ところが最後に真相を言い当てるのは、常に給仕のヘンリーだった!SF界の巨匠が著した、安楽椅子探偵の歴史に燦然と輝く連作推理短編集。


(読み直します)


バロネス・オルツィ『隅の老人の事件簿』The Casebook of the Old Man in the Corner

●深町眞理子訳 創元推理文庫 1977

隅の老人は、推理小説史上でも類稀な、名前のない探偵である。本名が判らないだけでなく、経歴も正体もいっさい不明の人物だった。ノーフォーク街の《ABCショップ》でチーズケーキをほおばり、ミルクをすすっている痩せこけたこの老人は、紐の切れ端を結んだりほくしたりしながら、女性記者ポリー・バートン相手に得意の推理を語って聞かせる。その代表作十三編を収録した。


(読み直します)

エラリー・クイーン『エジプト十字架の謎』The Egyptian Cross Mystery, 1932

●中村有希訳 創元推理文庫(新訳版) 2016

クリスマスの寒村で起きた、丁字路にあるT字形の道標に、首を切断されたT字形の死体がはりつけにされる酸鼻な殺人。半年後、遠く離れた土地で第二の首なし殺人が発生したのを知ったエラリーは、ただちに駆けつけ捜査に当たる。“国名シリーズ”第五弾は、残酷な連続殺人に秘められた驚天動地の真相を、名探偵が入神の推理で解き明かす、本格ミステリの金字塔。


(読み直します)

ジョセフィン・テイ『時の娘』The Daughter of Time, 1951

●小泉喜美子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1977

英国史上最も悪名高い王、リチャード三世――彼は本当に残虐非道を尽した悪人だったのか? 退屈な入院生活を送るグラント警部はつれづれなるままに歴史書をひもとき、純粋に文献のみからリチャード王の素顔を推理する。 安楽椅子探偵ならぬベッド探偵登場。 探偵小説史上に燦然と輝く歴史ミステリ不朽の名作。


 学生の時は歴史を学んでいたのですが、この小説を読むとふつふつと歴史の世界に戻りたくなってしまうので危ないのです。 あれやこれやと歴史の本を読み返したくなるのです。 でもそんな時間的余裕はないのでストレスになるのです。 かといって、本作の主人公、グラント警部のように退屈な入院生活というのも困るのです。

モーリス・ルブラン『怪盗紳士リュパン』Arsène Lupin, gentleman-cambrioleur, 1905-07

●石川湧訳 創元推理文庫 1965

名探偵シャーロック・ホームズとならぶ推理小説史上の巨人、アルセーヌ・リュパンは世界中の老若男女から親しまれている不滅の人間像である。 つかまらない神出鬼没の怪盗、城館やサロンしか荒さぬ謎の男、変装の名人、ダンディでエスプリにあふれた怪盗紳士リュパン。 本書はリュパン・シリーズの処女作であり、8短編を収録した決定版。


(この本は読み直しましたが、一気にシリーズ全作読み直したいのです)


ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』The Burning Court, 1937

●加賀山卓朗訳 ハヤカワ・ミステリ文庫(新訳版) 2011

広大な敷地を所有するデスパード家の当主が急死。 その夜、当主の寝室で目撃されたのは古風な衣装をまとった婦人の姿だった。 その婦人は壁を通り抜けて消えてしまう…… 伯父の死に毒殺の疑いを持ったマークは、友人の手を借りて埋葬された遺体の発掘を試みる。 だが、密閉された地下の霊廟から遺体は跡形もなく消え失せていたのだ! 消える人形、死体消失、毒殺魔の伝説。 無気味な雰囲気を孕んで展開するミステリの一級品。


(読み直します)

S.S.ヴァン-ダイン『僧正殺人事件』The Bishop Murder Case, 1929

●日暮雅通訳 創元推理文庫(S・S・ヴァン・ダイン全集) 2010

だあれが殺したコック・ロビン? 「それは私」とスズメが言った――。 四月のニューヨーク、この有名な童謡の一節を模した不気味な殺人事件が勃発した。 マザー・グース見立て殺人を示唆する手紙を送りつけてくる“僧正”の正体とは? 史上類を見ない陰惨で冷酷な連続殺人に、心理学的手法で挑むファイロ・ヴァンス。 江戸川乱歩が称讃し、後世に多大な影響を与えた至高の一品。


(読み直します)