西村京太郎『殺しの双曲線』

●講談社文庫(新装版) 2012

差出人不祥の、東北の山荘への招待状が、六名の男女に届けられた。 しかし、深い雪に囲まれた山荘は、彼らの到着後、交通も連絡手段も途絶した陸の孤島と化す。 そして、そこで巻き起こる連続殺人。 クリスティの『そして誰もいなくなった』に挑戦した、本格ミステリー。 西村京太郎初期作品中、屈指の名作。


 西村京太郎というと「列車ミステリー」「多作」というイメージが強い作家ですが、僕が好きなのは初期の作品で、現在のイメージとは違った意味で“すごい作家”だなぁと思ってます。 個人的には1970年の作風と書き込みがなくなってしまったのが惜しい気がしています。

 この『殺しの双曲線』はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を意識したミステリです(作中でも登場人物が言及します)。 雪に埋もれた山荘で、《かくして第一の復讐が行われた》というメッセージと共に、泊まり客が次々に殺されていく。 そして警察が山荘にたどり着いた時には宿泊客はすべて死亡していた……という展開。 同時並行で、東京を舞台にした双子の兄弟による強盗事件が同時進行で描かれます。 双子であることを最大限に利用したトリックに警察は翻弄されるが、やっとこの兄弟を逮捕した時、警察に《かくてすべての復讐が終わった》というメッセージが届く。 この一見無関係に思える事件をつなぐ糸は何か……。 ね?面白そうでしょ? 小説全体に大きな叙述トリックも仕掛けてあって、見事に騙されます。

 他に初期の作品では「名探偵」シリーズがオススメ。 推理ファンなら必ず楽しめるパロディ小説です。 何せ、老年のクイーン、メグレ、ポワロ、明智小五郎が集って推理を競うんですよ。 面白くないはずがない。 『名探偵が多すぎる』に至っては、ルパンと二十面相も参戦します。 パロディといえども最後に大きな“どんでんがえし”が用意されていて、なかなか侮れない作品になってます。 ただし『名探偵に乾杯』だけは、必ずクリスティ『カーテン』読了後に。


岡嶋二人『99%の誘拐』

●講談社文庫 2004

昭和51年、カメラ、OA機器メーカー・リカードの開発事業部長・生駒洋一郎が、43年に起きた息子慎吾の誘拐事件の手記を残して病死した。 昭和63年、リカードの武藤社長の孫・葛原兼介が誘拐された。 しかも、パソコン通信を使って。 犯人からの要求は、10億円のダイヤの原石。 そして、運搬役に指定されたのは、リカードに入社していた生駒慎吾だったのだ。


 岡嶋二人の作品から1冊を選ぶのは正直大変だった。 極限環境下で回想のみを頼りに推理するという設定がいい『そして扉が閉ざされた』、 息子を失った父親の孤独でやるせない真相究明の闘いを描く『チョコレートゲーム』、 山奥の別荘地で殺人鬼に追いまわされる恐怖をストレートにぶつけてくる『クリスマス・イヴ』、 全部捨てがたい。 最後まで悩んだのが『クラインの壺』。 ただこの作品はSF的な要素もあるし、“虚構と現実”の区別がつかなくなる恐怖についてはP.K.ディックで語りたいので、惜しみつつ落選。 やはり“誘拐ものの岡嶋二人”ということで、この作品に絞り込みました。

 コンピュータの技術を駆使した鮮やかな誘拐劇。 描かれるコンピュータの技術が“すごい”わけではなく、それらを緻密に組み立てる犯人の頭脳が“すごい”のです。 犯人が繰り出す最新技術に翻弄される警察をよそに、2人の天才技術者が熱く静かな闘いを繰り広げます。 作品中のコンピュータ技術は現在ではもうすっかり古いものになってしまっていますが、作品を読む上ではなんら支障になりません。 逆にこの作品で展開されるオペレーションは、現在のGUIとマウスクリックに慣れてしまったユーザには新鮮&神秘的に感じられるはず。


» 岡嶋二人 著作リスト

有栖川有栖『マジックミラー』

●講談社文庫(新装版) 2008

琵琶湖に近い余呉湖畔で女性の死体が発見された。 殺害時刻に彼女の夫は博多、双子の弟は酒田にいてアリバイは完璧。 しかし兄弟を疑う被害者の妹は推理作家の空知とともに探偵に調査を依頼する。 そして謎めく第二の殺人が……。 犯人が作り出した驚愕のトリックとは? 有栖川作品の原点ともいえる傑作長編。


(読み直します)

綾辻行人『時計館の殺人』

●講談社文庫(新装改訂版)(上巻) 2012

鎌倉の外れに建つ謎の館、時計館。 角島・十角館の惨劇を知る江南孝明は、オカルト雑誌の“取材班”の一員としてこの館を訪れる。 館に棲むという少女の亡霊と接触した交霊会の夜、忽然と姿を消す美貌の霊能者。 閉ざされた館内ではそして、恐るべき殺人劇の幕が上がる! 第45回日本推理作家協会賞に輝く不朽の名作、満を持しての新装改訂版。

●講談社文庫(新装改訂版)(下巻) 2012

館に閉じ込められた江南たちを襲う、仮面の殺人者の恐怖。 館内で惨劇が続く一方、館外では推理作家・鹿谷門実が、時計館主人の遺した「沈黙の女神」の詩の謎を追う。 悪夢の三日間の後、生き残るのは誰か? 凄絶な連続殺人の果てに待ち受ける、驚愕と感動の最終章! 第45回日本推理作家協会賞に輝く名作。


(読み直します)

東野圭吾『私が彼を殺した』

●講談社文庫 2002

婚約中の男性の自宅に突然現れた一人の女性。 男に裏切られたことを知った彼女は服毒自殺をはかった。 男は自分との関わりを隠そうとする。 醜い愛憎の果て、殺人は起こった。 容疑者は3人。 事件の鍵は女が残した毒入りカプセルの数とその行方。 加賀刑事が探りあてた真相に、読者のあなたはどこまで迫れるか。


(読み直します)

森博嗣『黒猫の三角』

●講談社文庫 2002

一年に一度決まったルールの元で起こる殺人。 今年のターゲットなのか、六月六日、四十四歳になる小田原静江に脅迫めいた手紙が届いた。 探偵・保呂草は依頼を受け「阿漕荘」に住む面々と桜鳴六画邸を監視するが、衆人環視の密室で静江は殺されてしまう。 森博嗣の新境地を拓くVシリーズ第一作、待望の文庫化。


 犀川&西之園コンビのシリーズが終了して、新シリーズがスタート、というタイミングを巧く使った心理トリックが秀逸。 前シリーズ10作を3年で書き終えた筆の速さと、新シリーズも書き果せる自信があってはじめて使うことのできる仕掛けだと思います。 前シリーズの犀川&西之園コンビも十分に個性的だったけど、この『黒猫の三角』に始まるVシリーズでは、瀬在丸紅子、保呂草潤平、小鳥遊練無、香具山紫子の4人の個性の強さ、その個性の組み合わせの妙で、さらに面白さがパワーアップしています。

 それと、僕の場合、皇なつき氏のコミックス版の貢献度も高いのです。 ミステリのコミック化というと(?_?)というものが多いなか、このコミックス版『黒猫の三角』はホント、いい出来。 (とりあえず『黒猫の三角』は原作を先に読んだけれど、)Vシリーズ2作目以降、皇なつき氏デザインのキャラクター・イメージで、まったく違和感なく読み進めることができる(と思います)。 森博嗣氏の作品自体が、登場人物の会話や思考には筆を割くけど、その動きや表情などは割と淡々と書き進めるタイプなので、コミック版のイメージに重ねあわせることができると二倍楽しめる(と思います)。


森雅裕『椿姫を見ませんか』

●講談社文庫 1989

注目の“椿姫”が大学オペラ練習中に毒死し、実在の“椿姫”を描いたマリー・デュプレシ像贋作事件が23年ぶりに浮上する。 鍵を握る画家は日本画学生守泉音彦と気まぐれプリマ鮎村尋深の目前で息絶え、第二の“椿姫”も公演初日に斃れた。 そして、第三の“椿姫”尋深が死を仕掛けられた舞台に上がる――。


(読み直します)

真保裕一『奪取』

●講談社文庫(上巻) 1999

一千二百六十万円。 友人の雅人がヤクザの街金にはめられて作った借金を返すため、大胆な偽札造りを二人で実行しようとする道郎・22歳。 パソコンや機械に詳しい彼ならではのアイデアで、大金入手まであと一歩と迫ったが……。 日本推理作家協会賞と山本周五郎賞をW受賞した、涙と笑いの傑作長編サスペンス。

●講談社文庫(下巻) 1999

ヤクザの追跡を辛うじて逃れた道郎は、名前を変え復讐に挑む。 だがその矛先は、さらなる強大な敵へと向かい、より完璧な一万円札に執念の炎を燃やす。 コンピュータ社会の裏をつき、偽札造りに立ち向かう男たちの友情と闘いを、ユーモアあふれる筆緻で描いた傑作長編。 予想もできない結果に思わず息をのむ。 日本推理作家協会賞・山本周五郎賞W受賞。


(読み直します)

横溝正史『八つ墓村』

●角川文庫 1971

戦国の頃、三千両の黄金を携えた八人の武者がこの村に落ちのびた。 だが、欲に目の眩んだ村人たちは八人を惨殺。 その後、不祥の怪異があい次ぎ、以来この村は“八つ墓村"と呼ばれるようになったという――。 大正×年、落人襲撃の首謀者田治見庄左衛門の子孫、要蔵が突然発狂、三十二人の村人を虐殺し、行方不明となる。 そして二十数年、謎の連続殺人事件が再びこの村を襲った……。 現代ホラー小説の原点ともいうべき、シリーズ最高傑作!!


(読み直します)

加納朋子『ささらさや』

●幻冬舎文庫 2004

事故で夫を失ったサヤは赤ん坊のユウ坊と佐佐良の街へ移住する。 そこでは不思議な事件が次々に起こる。 けれど、その度に亡き夫が他人の姿を借りて助けに来るのだ。 そんなサヤに、義姉がユウ坊を養子にしたいと圧力をかけてくる。 そしてユウ坊が誘拐された! ゴーストの夫とサヤが永遠の別れを迎えるまでの愛しく切ない日々。 連作ミステリ小説。


 頼りない妻(サヤ)と幼い赤ん坊を残して事故死してしまった夫が幽霊(?)になって……、と物語の始まりはベタな設定だけど、残された母子を取り囲むように徐々に形成されてくる人間の輪が、やさしく、あたたかい。

 世の中には善意と悪意と無関心とが混在するし、作者は主人公の頼りげない母子をその現実の真っ只中に置くけれども、周囲の善意はサヤに生きる勇気を与え、悪意もそれに正面から向き合うことでサヤをたくましく成長させる。

 物騒な話題に事欠かない昨今、ご近所さんどうしで声を掛け合って助け合うことの大切さも実感させてくれたりする。 ラストは、泣きます。 わかってて読み返しても、泣きます。 ただし、読後感はとてもさわやかなのです。

 碧也ぴんくのコミック版も、やっぱり泣きます。