隆慶一郎『捨て童子・松平忠輝』

●講談社文庫(新装版)(上巻) 2015

捨て童子とは、この世ならぬ途方もないエネルギーを持ち、人を戦慄せしめる人物! 徳川家康の第六子でありながら、容貌怪異なため、生まれ落ちてすぐ家康に「捨てよ」と言われた“鬼っ子”松平忠輝の異形の生涯を描く、傑作伝奇ロマン小説。 新鮮な発想や史観、壮大なスケールで完結をみた、著者最後の長編。

●講談社文庫(新装版)(中巻) 2015

凛々しく成長した忠輝は、越後福嶋藩の大名となる。 福嶋藩のキリシタン化を企てる附家老・大久保長安には野望があった。 ラテン語を理解し、南蛮医学まで修得するほどの開明的知性を持つ忠輝を将軍にしようというのだ。 その能力と人望ゆえ、兄の将軍秀忠に恐れられた忠輝は、秀忠配下の柳生宗矩に狙われる。

●講談社文庫(新装版)(下巻) 2015

大坂夏の陣、忠輝のもとに出陣命令が下る。 大坂城のキリシタン牢人部隊に、キリシタンに理解が深い忠輝の軍勢をぶつけようという、兄秀忠の底意地の悪い計画。 さらに忠輝は、少年の日、城内の豊臣秀頼とある約束を交わしていた。 煩悶する忠輝。 そして、父家康と兄秀忠の暗闘。 風雲児・忠輝を描く全三巻完結。


 隆慶作品で読みごたえがあり、文句なく面白いのは、この『捨て童子・松平忠輝』と『影武者 徳川家康』。 ただ、どちらもボリュームが。 最初に人に勧めるなら、コミック化作品も有名な『一夢庵風流記』。 他に『吉原御免状』『かくれさと苦界行』だって面白いし、未完となった『花と火の帝』も最後まで読みたかった。 いずれも、スケールの大きさ、登場人物の個性のまぶしさ、台詞のカッコよさに痺れてしまう伝奇小説というか、歴史スペクタクル。 でも、一番好きなのはエッセイ集の『時代小説の愉しみ』だったりします。

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藤沢周平『蝉しぐれ』

●文春文庫(新装版) 2017

「どうした? 噛まれたか」「はい」文四郎はためらわずその指を口にふくむと、傷口を強く吸った。 無言で頭を下げ、小走りに家へ戻るふく――。 海坂藩普組牧家の跡取り・文四郎は、15歳の初夏を迎えていた。 淡い恋、友情、突然一家を襲う悲運と忍苦。 苛烈な運命に翻弄されつつ成長してゆく少年藩士の姿を描いた、傑作長篇小説。


(読み直します)

ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』

●菊池光訳 ハヤカワ文庫NV(完全版) 1997

鷲は舞い降りた! ヒトラーの密命を帯びて、イギリスの東部、ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。 歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった! イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく…… 使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒険小説 ――その初版時に削除されていたエピソードを補完した決定版。


 主人公はドイツ兵なんだけど、まあナチ親衛隊とは対称的に描かれていて、ドイツの敗戦を予感しつつ任務遂行に命をかける……というスタンスなので充分に感情移入できちゃいます。 先行して敵地潜入した非情のIRA工作員が現地の娘と恋に落ちていく下りはケン・フォレット『針の眼』とも似通ったお約束。 そこから完璧な作戦計画にほころびが……ってのも、やはり王道ながらとてもスリリング。 IRA戦士デヴリンの彼女へ宛てた最後の手紙は泣かせます。 でも禁断のロマンス(笑)の最後の展開のヒネリは『針の眼』よりこちらが上手。

ネヴィル・シュート『パイド・パイパー』Pied Piper, 1942

●池央耿訳 創元推理文庫 2002

時は1940年夏。 現役を退いた老弁護士ジョン・ハワードは、傷心を癒すためジュラの山村へ釣り竿一本下げて出かけた。 しかし、懸念されていた戦局がにわかに緊迫度を高め、突然の帰国を余儀なくされたばかりか、ジュネーヴの国際連盟に勤めるイギリス人の子供二人を預かって帰る破目に陥った。 だが、ハワードの運命はそれだけにとどまらなかった。 途中で世話になったホテルのメイドの姪や二親を失った孤児など、次々と同行者の数は増えていく。 戦火の中を、ひたすらイギリスを目差す老人と子供たち。 英国冒険小説の雄ネビル・シュートの代表作。


 正直だけが取り得の老人なのです。 むかし軍隊にいたとか、とっさの機転が利くとかいうわけではありません。 善意からイギリスに連れ帰ることを承諾した子供も、ことの重大さがわかる歳でもなく、ドイツ軍の戦車を見に行きたいとはしゃぐし、英語を話してはダメといっても言うこと聞きやしません。 子供二人で手一杯なのは明らかなのに、やむをえない事情から子供たちの数は増えていきます。 それもいろんな国籍の子供たちが。 フランス人、オランダ人、ポーランド系ユダヤ人、そしてドイツ人。 予想以上にドイツ軍の進撃は速く、列車の運行は大きく乱れ、乗り換えたバスも機銃掃射を受けて立ち往生。 老人と子供たちはイギリス目差して歩き始めます。

 ロード・ムービー風の展開ではあるけれど、この旅を通して人種の違いを超えた友情が芽生えるとか、人間的な成長を果たすとか、そういう展開を期待するには子供たちの年齢は低すぎます。 子供たちは基本的に主人公である老人にとっての“やっかいではあるけれども決して捨てさることのできない”試練であって、老いてもイギリス紳士たる所以の責務の象徴として扱われているのだと思う。 でも、子供は無邪気でいいんです。 無責任でいい。 そもそも困難を承知で子供たちをイギリスへ連れて行こうとするのも、子供たちに戦争の悲惨さや戦下の困窮を味あわせたくないからなのだし。

 1942年に書かれたというから、まだ第二次世界大戦中のことでですね(舞台になったドイツのフランス進軍は1940年)。 その時点でのイギリスのフランスに対する負い目(ダンケルク撤退)と“自由の国”アメリカに対する期待が読み取れて、こちらも興味深いのです。

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西村寿行『滅びの笛』

●角川文庫 1980

それはまさに悪夢であった! 道路も畑もそして街も、いたるところドブ鼠の群が、黒い絨毯のように覆い尽くしていた。 中部山岳地帯で笹が一斉に開花したために異常繁殖した鼠が、冬を前に、食料を求めて、ついに人間を襲ったのだ。 蔓延する伝染病、そして追いつめられた人間たちは狂気の行動へと駆りたてられる! 今、全てが滅びへと向かってひた走っていた……。 自然への畏怖を忘れ、生態系の破壊を繰り返す人間に、激しく警鐘を打ち鳴らす不朽の名作!


(読み直します)

ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』Deux ans de vacances, 1888

●荒川浩充訳 創元SF文庫 1993

夏休みを、ニュージーランドの港で帆船に乗って遊んでいた少年たち。 だが、舫綱がほどけ、船は外洋へと流れ出してしまった。 嵐に遭いながらも、南太平洋を漂流した一行は、やがて見知らぬ島に流れ着く。 十五人の少年たちを待ちかまえるさまざまな冒険の数々。 勇気と情熱への熱い想いを若者たちに伝えるメッセージとして描いた、巨匠ヴェルヌ不朽の名作。文庫本初の完訳決定版。

(読み直します)

ケン・フォレット『針の眼』Eye of the Needle, 1978

●戸田裕之訳 創元推理文庫 2009

上陸地点はカレーかノルマンディか。 英国内で活動していたドイツの情報将校ヘンリーは、連合軍のヨーロッパ進攻に関する重大機密を入手、直接アドルフ・ヒトラーに報告するため祖国を目指す。 英国陸軍情報部の追跡を振り切り、U=ボートの待つ嵐の海へ船を出したが……。 第二次大戦下、史上最大の上陸作戦を成功に導いた、知られざる「英雄」の物語。 MWA最優秀長編賞受賞作。


 英国に潜入したドイツのスパイ、暗号名“針”が入手する情報とは「連合軍の大陸侵攻作戦の上陸地点はカレーではなくノルマンディである」というもの。 機械的なまでに冷酷に殺人を繰り返しながら逃亡を続ける“針”と、わずかばかりの証拠から確実に彼を追い詰めていく英国情報部。 終盤、全ての関係者が孤島を目指して集結していく様は、とてもスリリングで手に汗を握ります。

 Uボートとのランデブー・リミットが迫る中、英国情報部の捜査の網は徐々に狭められ……という緊迫した状況の中で展開されるのは、なんとラブ・ロマンス(笑)。 この孤島に住む人妻ルーシイが、これがまたえらく魅力的なのです。 僕はこういうタイプの女性に弱く、そして“針”も弱かった(らしい)。 もちろん、“針”は自分の任務を忘れてなんかいないし、ジェームズ・ボンドみたいにお互いもう大人なんだからいろんなことして任務完了、というわけにもいきません。 恋愛小説としても充分に通用しそうな“読ませる”展開と、タイムリミットが迫る中での緊迫した“読み応えある”展開をうまくミックスしたところが、この作品のいいところです。

アリステア・マクリーン『軍用列車』Breakheart Pass, 1974

●矢野徹訳 ハヤカワ文庫NV 1981

漠たる雪原を、峻険な山岳地帯を疾駆する合衆国陸軍徴用の列車。 その使命は、コレラに冒された砦へ救援物資を輸送することだった。 乗り合わせたのは指揮官の大佐をはじめ、多数の騎兵隊員、ネヴァダ州知事と彼の姪、新任牧師、連邦保安官、それにお尋ね者のガンマン。 彼らにとって、当面の敵は酷寒と獰猛なインディアンだけだけのはずだった ――車内で姿なき殺人鬼の凶行が開始されるまでは! 果たして誰が、何のために? そして砦に待ち受ける意外な事実とは? 本格冒険小説の王者が19世紀のアメリカ西部を舞台に描き上げた異色のアクション篇!


(読み直します)