ピーター・シェーファー『アマデウス』Amadeus, 1979, 2001
●江守徹訳 劇書房(新装版) 2002
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、1791年貧困と不遇のうちに死ぬ。
それから32年後のウィーン、サリエリがモーツァルトを暗殺したという噂が流れる。
その真相は?
傍若無人に振舞う自然児モーツァルト。
その人物には嫌悪しながらも、その音楽には圧倒されるサリエリ。
けだものの創った神の音楽。
凡庸な才能ながら、宮廷第一の音楽家として成功し、望みうる全てを手に入れたサリエリ。
輝くばかりの才能にめぐまれながら、天才音楽家として、破滅の道をつきすすむモーツァルト。
二人はいわば一つのものを分け合った存在である。
そしてお互いがお互いを滅し合う。
「アマデウス」Amadeus
1984年 アメリカ ミロス・フォアマン監督
1984年のアカデミー賞で8部門を獲得した映画『アマデウス』の原作(戯曲)です。
映画版の脚本も原作者ピーター・シェーファーが担当。
ちなみに『探偵スルース』原作戯曲や、『ナイル殺人事件』『地中海殺人事件』等の映画脚本を書いたアンソニー・シェーファーは、双子のお兄さん。
ピーター・シェーファー作品の多くに共通しているのは“人間と神の闘い”です。
神に愛された者・崇高なる存在・純粋な者に対する、凡人の燃えるような嫉妬と葛藤と破壊の物語であるといえます。
この作品の中で、サリエリはモーツァルトの楽曲に“神の声”を聴き、激しい嫉妬を覚えます。
モーツァルトの天才に嫉妬するのではありません。
自分がすべてを捧げて仕える神が、その自分ではなく、モーツァルトを愛し、彼にその御声を与えたことに嫉妬するのです。
そしてサリエリだけが、モーツァルトの天才を本当の意味で理解し、その楽曲の中に神の御声を聴くことができるのです(初演当初、モーツァルトの楽曲は理解されなかった)。
この残酷な運命は、サリエリの嫉妬を激しい憎悪に変えていきます。
「お前は不公平だ――敵だとも! 今からお前のことをこう呼ぼう――永遠の敵と! 誓ったぞ、私の命が尽きる迄、私はできる限り、この地上でお前を妨害してやる!」
サリエリの神に対する憎悪は、モーツァルトへの殺意へと変わっていきます。
終盤、サリエリは死の床にあるモーツァルトの作曲を手伝い、その“神の声”を現世に書き留める行為を共有することになります。
映画ではこの体験によって、サリエリの内に秘めた激しい嫉妬と陰険な謀略性が昇華されてしまったような印象を受けました。
でも、原作の戯曲版でのサリエリは違います。
恐ろしいまでに破壊的で、醜いまでに嫉妬心を剥き出しにし、モーツァルトを死の淵に追い詰めます。
「……死ぬのだ、アマデウス! 死んでくれ、頼む、死んでくれ……! 私をそっとしといてくれ、お願いだ! もう私をほっといてくれ! 構わないでくれ!」
この部分があってこそ……と思います。
映画版の不満な部分のひとつ。
あと時間軸として、映画版は戯曲の展開そのままの映像化ではありません。
映画版の衝撃的なオープニングは、実は原作戯曲版の“続編”なのです。
この仕掛け、上手い、と思いました。
ピーター・シェーファーの戯曲では他に『エクウス』、『ピサロ』(『ザ・ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』改題)、『ブラック・コメディ』なんかが好きです。
» ピータ・シェファー 著作リスト
J.R.R.トールキン『指輪物語』The Lord of the Rings, 1954-55
●瀬田貞二訳 『新版 指輪物語1(上1)』評論社(新版) 1992
恐ろしい闇の力を秘める黄金の指輪をめぐり、小さいホビット族や魔法使い、妖精族たちの果てしない冒険と遍歴が始まる。
数々の出会いと別れ、愛と裏切り、哀切な死。
全てを呑み込み、空前の指輪大戦争へ。
――世界中のヤングを熱狂させた、不滅の傑作ファンタジー。
旧版の訳にさらに推敲を加え、新たに『追補編』を収録した「新版」です。
トールキン生誕100年記念出版。
「ロード・オブ・ザ・リング」The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring
2001年 アメリカ ピーター・ジャクソン監督
「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」The Lord of the Rings: The Two Towers
2002年 アメリカ ピーター・ジャクソン監督
「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」The Lord of the Rings: The Return of the King
2003年 アメリカ ピーター・ジャクソン監督
読んだのはずぶん前で、その後は映画版繰り返し観ています。ちゃんと読み直さないと。
ロデリック・ソープ『ダイ・ハード』Die Hard, 1979
●黒丸尚訳 新潮文庫 1988
警察の保安顧問を務めるリーランドは、クリスマスの夜、ロスの石油企業で働く娘のもとを訪ねた。
が、契約成功を祝うパーティのさなか、娘の会社をテロリスト・グループが占拠する。
偶然、彼らの目を逃れたリーランドは、最初の人質が射殺される現場を目撃。
人質の命を守るため、彼はたったひとりで、テロリストたちに戦いを挑んだ。
高層ビルでの死闘を描くノンストップ・アクション。
「ダイ・ハード」Die Hard
1988年 アメリカ ジョン・マクティアナン監督
(以下、原作小説と映画のネタバレを含みます)
映画のノヴェライズではなくて、れっきとした原作小説です。
なのに展開が映画とまったく同じ。
つまり、映画の方が原作に忠実なのです。
椅子に爆薬をしかけてエレベーターシャフトに落としたり、ヘリコプターの爆発を避けて消火ホースを命綱に屋上から飛び降りるシーンがあります。
裸足で戦うからガラスで足の裏をケガするし、パウエル巡査と無線でパートナーを組むのも一緒。
テロリストのボスを倒すのは背中にテープで貼り付けた拳銃だし、最後に地上でテロリストの生き残りをパウエル巡査が撃つところまで、同じ。
原作の冒頭、雪の空港での車のトラブルの場面は省かれてたけど、これはしっかり『ダイ・ハード2』で使われていたりします。
映画で奥さんが人質だったのが原作では娘だったり(妻はすでに死亡している)、主人公は第二次大戦の戦闘機乗りで事件の時にはかなり高齢だったり(孫もいる)、最後にテロリストが娘を道連れにビルから墜落してしまったり(なんだとぉー!?)、と若干の設定の変更はあるものの、映画版は驚くほど原作に忠実なのです。
というわけで、映画の面白さはこの原作の小説としての完成度の高さに多く起因しているものと思われます。
映画「ダイ・ハード2」の原作はウォルター・ウェイジャーの『ケネディ空港着陸不能』。
原題が“58 MINUTES”で、二見文庫から翻訳が出ていました(映画化と同時に『ダイ・ハード2』に改題、現在品切れ中)。
こちらも読みましたが、ラストが映画と違っていて(まあ映画の方が派手なんだけど)けっこう面白かったです。
(なんだかこの感想文を丸パクリしているネットライターがいるけど気にしない)
ピエール・ブール『猿の惑星』La Planete des Singes, 1963
●大久保輝臣訳 創元SF文庫 1968
恒星間飛行を実現した人類は異郷の惑星で驚くべき光景を目にする。
この星にも人間種族は存在したのだ。
だがここでの支配種族は何と、喋り、武器を操る猿たちであり、人間は知能も言葉も持たぬ、猿に狩りたてられる存在でしかなかったのだ。
ヒトは万物の霊長ではない。
世界中で絶大な反響を呼び、あまりにも有名な映画の原作となった問題作。
「猿の惑星」Planet of the Apes
1968年 アメリカ フランクリン・J・シャフナー監督
「PLANET OF THE APES 猿の惑星」Planet of the Apes
2001年 アメリカ ティム・バートン監督
映画版では猿たちも英語話しているので、その時点で気づけよ!というツッコミはおいといて、主人公が知的種族であることを“証明できなくするために”喉を怪我してしばらく話せなくなる、という設定がありました。
原作はしっかりSFしてますので、そんなごまかしはなし。
主人公は知的種族であることを理解してもらおうと訴えますが、彼が話すフランス語は、言語体系が異なる猿たちにとっては“サルマネ”にしか聞こえない。
そこで主人公はピタゴラスの定理の図を描いて示します。
(比較的知能の低い)ゴリラ(軍人)たちは笑い続けるけど、それを見た(比較的知能の高い)チンパンジー(科学者)がそれを見て目の色を変える...
ほら、面白い。
映画版のラストは有名だけど、原作のラストも衝撃的で、しかも別の意味で辛い。
トム・クランシー『レッド・オクトーバーを追え』The Hunt for Red October, 1984
●井坂清訳 文春文庫 1985
「レッド・オクトーバー」の最新鋭艦たるゆえんは、その無音推進装置にある。
潜行すれば容易に存在を知られることはない。
排水量三万二千トン、ソ連海軍の誇るこの世界最大のミサイル原潜が、処女航海において亡命計画を秘めていたのだ!
軍政界に旋風を起こし、驚異的ベストセラーとなった海洋冒険・軍事テクノロジー小説。
「レッド・オクトーバーを追え!」The Hunt For Red October
1990年 アメリカ ジョン・マクティアナン監督
ジャック・ライアンシリーズの1作目。
このシリーズは好きで読んでいたんだけど、だんだんボリュームが増してきて、分厚い文庫で全4巻とかになると、さすがについていけなくなってしまいました。
映画でジャック・ライアンを演じたのは、
「レッド・オクトーバーを追え!」(1990)でアレック・ボールドウィン、
「パトリオット・ゲーム(愛国者のゲーム)」(1992)「今そこにある危機(いま、そこにある危機)」(1994)でハリソン・フォード、
「トータル・フィアーズ(恐怖の総和)」(2002)でベン・アフレック、
「エージェント:ライアン」(2014)でクリス・パイン。
期待の大きさがわかるキャスティングだけど、こうも途絶が多く、俳優も交代してしまっては、ねぇ?
マイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』The Andromeda Strain, 1969
●浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF 1976
事件はアリゾナ州の小さな町、人口48人のピードモントで起きた。
町の住人が一夜で全滅したのだ。
軍の人工衛星が町の郊外に墜落した直後のことだった。
事態を重視した司令官は直ちにワイルドファイア警報の発令を要請する。
宇宙からの病原体の侵入……人類絶滅の危機にもつながりかねない事件に、招集された四人の科学者たちの苦闘が始まる。
戦慄の五日間を描き、著者を一躍ベストセラー作家の座に押し上げた記念碑的名作。
「アンドロメダ…」The Andromeda Strain
1971年 アメリカ ロバート・ワイズ監督
(読み直します)
小松左京『日本沈没』
●小学館文庫 2005
伊豆・鳥島の東北東で一夜にして小島が海中に没した。
現場調査に急行した深海潜水艇の操艇者・小野寺俊夫は、地球物理学の権威・田所博士とともに日本海溝の底で起きている深刻な異変に気づく。
折から日本各地で大地震や火山の噴火が続発。
日本列島に驚くべき事態が起こりつつあるという田所博士の重大な警告を受け、政府も極秘プロジェクトをスタートさせる。
小野寺も姿を隠して、計画に参加するが、関東地方を未曾有の大地震が襲い、東京は壊滅状態となってしまう。
全国民必読。二十一世紀にも読み継がれる400万部を記録したベストセラー小説。
「日本沈没」1973年 東宝 森谷司郎監督
「日本沈没」2006年 東宝 樋口真嗣監督
ラストで日本列島が沈み、「第一部 完」として終わっています。
もともと“帰るべき国土を失った民族はどうなるのか”という発想の元に書き始められた小説とのこと。
このテーマで真っ先に思いつくのはユダヤ民族ですが、現代社会において、それも1億人が、という部分がこの小説の肝だったようです。
この舞台設定を整えるため、まずは日本を沈めなければならないのだけれど、いろいろとシミュレーションした結果、これだけの地殻変動・自然災害においては“1億人も生き残れない”という結果に達し(実際に小説の中でも、早い段階で大規模な空港・港湾施設が使用できなくなって、日本人は数千万人しか脱出できない)、(本編となるべき)第二部は書かれなかったとのことです(最初の200枚程度は書いたが没にしたという噂がある)。
※その後、谷甲州との共著で出版されました。
小松氏が描こうとした“民族とは”というテーマにも心惹かれますが、構想として完結していないとはいえ、この第一部だけで、もうお腹いっぱい。
科学者たちが大規模な地殻変動を予見し、それが日本沈没という最悪の事態に進展していく過程を緻密に描く“D-1”計画の部分。
政府が秘密裏に日本人1億人の脱出計画を進めていく(世界各国との難民受入交渉や資産・文化財の海外搬出など)“D-2”計画の部分。
シミュレーション小説として読み応え十分なのです。
しかし圧巻は終盤、まさに日本が沈み始めてからの部分。
災害の描写がすごいのではないのです(いや、すごいけど)。
最後まであきらめずに避難・救助活動を行う人間の闘いがすごいのです。
海外の救助隊・軍が救助活動の継続を断念する段階においても、日本人たちは、政も官も民もあきらめません。
1人でも多く、と、ある者は日本に残り、ある者はまた日本に舞い戻って、救助活動を続けます。
空港のシーン。
管制官たちは連日不眠不休で避難民を乗せた飛行機を飛ばしつづけています。
そしてついに運命の時が来て、大地が大きく揺れ始めます。
管制官はこの地震で空港が壊滅すると判断し、離陸体制にあった飛行機に離陸を強行させます。
離陸しようとする飛行機と祈るような気持ちでそれを見守る管制官たち。
地震の規模は徐々に大きくなっていく……。
このシーン、何度読んでも泣いてしまうのです。
SFとしてではなく、レスキューものとして読んだとしても、“日本人とは何か”という命題に、各人答えを見つけることができるかもしれません。
イアン・フレミング『カジノ・ロワイヤル』Casino Royale, 1953
●白石朗訳 創元推理文庫 2019
イギリスが誇る秘密情報部で、ある常識はずれの計画がもちあがった。
ソ連の重要なスパイで、フランス共産党系労組の大物ル・シッフルを打倒せよ。
彼は党の資金を使いこみ、高額のギャンブルで一挙に挽回しようとしていた。
それを阻止し破滅させるために送りこまれたのは、冷酷な殺人をも厭わない007のコードをもつ男――ジェームズ・ボンド。
007初登場作を新訳でリニューアル!
「007/カジノ・ロワイヤル」Casino Royale
1967年 イギリス ジョン・ヒューストンほか監督
「007 カジノ・ロワイヤル」Casino Royale
2006年 イギリス・アメリカ・チェコ合作 マーティン・キャンベル監督
007、ジェームズ・ボンドの活躍と言えば、もうすっかり映画シリーズの方が有名になってしまって、一人歩きしているというか、原作を置き去りにしているというか、先頭ランナーが後続集団に大きく水をあけてスパートかけっ放しというか、まあとにかくそういう状況なんだけど、はっきり言おう、原作だって面白い。
映画のような派手で奇想天外なアクションはないし、便利な秘密兵器もそれほど出てはこないけど、ジェームズ・ボンドの人間的な魅力は断然原作の方が上である。
ボンド役の俳優がインタビューでよく「ボンドはスーパーマンなんかじゃない。ひとりの人間としてのボンドを演じたい」なんて言ってるけど、
全然説得力ありません。
まあ、コネリー版の初期のものとダルトンの2作はいいとして、他の作品はやはり超人的と言わざるを得ないでしょう。
当然、映画としてはそれも正解で。
僕もファンのひとりなんですが。
ともあれ、原作もオススメです。
人間的な魅力に溢れるジェームズ・ボンドを楽しんでください。
映画版はけっこう大胆にストーリーを翻案してるけど、細かいところで律儀に原作のエピソードを織り交ぜているので、映画との比較も面白いでしょう。
それとボンドの生活スタイルにも注目。
特に食事と酒のシーンは、けっこうグルメ小説としても楽しめます。
» イアン・フレミング「007」作品リスト
三浦しをん『舟を編む』
●光文社文庫 2015
出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。
新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。
定年間近のベテラン編集者。
日本語研究に人生を捧げる老学者。
辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。
そして馬締がついに出会った運命の女性。
不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!
「舟を編む」 2013年 松竹、アスミック・エース 石井裕也監督