ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』Inherit the Stars, 1977
●池央耿訳 創元SF文庫 1980
月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行われた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、五万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……
月面で5万年前に死亡したと推測される宇宙服を着た人間が発見される、と、初っ端から豪快かつミステリアスな設定。
全編にわたって謎の提示と演繹的推理と帰納的推測が続き、学者たちの取り組みの過程が生き生きと描かれています。
そしてラストで明かされる(…というか導き出される)衝撃の事実。
「ミステリは好きだけどSFは苦手」というに是非ともオススメしたい一冊。
『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』とシリーズが続き、「我々(=地球人)は何者なのか」という壮大な謎が解き明かされます。
『内なる宇宙』を加えて“巨人シリーズ”4部作となるけれど、この4作目は外伝的。
ホーガンの作品は全体として、とにかく人間の良心に全幅の信頼が置かれています。
只の楽観主義といえなくもないが、とにかく“必ず最後に正義は勝つ”のです。
読後感がよく、最後まで安心して読めます。
他に『未来の二つの顔』などがオススメ。
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ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』Flowers for Algernon, 1966
●小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫NV 2015
32歳になっても幼児なみの知能しかないチャーリイ・ゴードン。そんな彼に夢のような話が舞いこんだ。大学の先生が頭をよくしてくれるというのだ。これにとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に検査を受ける。やがて手術によりチャーリイの知能は向上していく…天才に変貌した青年が愛や憎しみ、喜びや孤独を通して知る人の心の真実とは? 全世界が涙した不朽の名作。著者追悼の訳者あとがきを付した新版。
●小尾芙佐訳 ダニエル・キイス文庫 1999
●小尾芙佐訳 早川書房(新装改訂版) 1989
僕は登場人物の“けなげ”な行動に弱いのです。
がんばってもがんばっても自分のせいではないのに不幸だったり、わくわくしながら準備したのにうまくいかなかったり、ずーっとずーっと待ってたのに待ってたものがこなかったり、そんな場面にであうと、もうダメです。
そして、この物語の主人公、チャーリイ・ゴードンが“けなげ”なのです。
他人と同じようにしようとしてもなかなかうまくいかない、みんなが自分を笑うのを見て「楽しいんだ」と思って自分も笑う。
そしてもっともっと“かしこくなりたい”と思い続けている。
かしこくなって、いろんなことを、他の人たちと同じようにしたいと考え続けている。
そして、頭がよくなって、(実際には自分を捨てた)家族に会う日を楽しみにしている。
ああ、もうダメだ。
チャーリイ・ゴードンはまだ実験段階である知能向上を目的とした手術を受け、少しずつではあるけれども知能が向上していきます。
知能が向上して“覚えること”や“理解すること”が出来るようになり、彼にとって新鮮な“知識”が次々に目の前に現れます。
彼は“知る喜び”に満たされていきます。
チャーリーの知能はさらに進み、ほどなく手術を施した教授たちをも凌駕するようになります。
次第にチャーリーは、知識に満たされることに反比例するように、疎外感を感じるようになります。
知能が低かった時には十分な理解がなかったとはいえ、感じることがなかった孤独です。
そして傷つくことになります。
チャーリーは知能が低かった時に、“賢くなる”ことを強く願っていました。
でもそれは決して自己満足のためなどではなく、親方に言われたことを理解したい、友達を同じことををしたい、家族に会って自分を認めて欲しい……
チャーリーが望んでいたのは“知能”ではなく、人に自分の方を向いてもらうことだったんだと思います。
チャーリーは恋もします。
しかし、自分を見つめているもうひとりの自分に気がつき、愛という理屈では説明できない感情にも戸惑ってしまいます。
読んでいて切なくなります。
愛されることを誰よりも望んでいるのに、それがかなわないのです。
チャーリーと前後して同様の手術を受けたアルジャーノンというネズミがいます。
アルジャーノンはチャーリーと同じく飛躍的に知能を向上させたけれど、次第に情緒不安定になり、いつしかその行動に凶暴性が見られるようになり、ついに死んでしまいます。
そしてチャーリーは自分の未来をそこに見出します。
静かで、そして悲しい結末です。
最後の1行はどうもね、なんていうかな、ああ、もうダメ。
文庫版が出たけれど、できれば単行本の方で読んでもらいたいと思います。
残念なことに文庫版の最後の1行が、見開きページの最後の1行に重なってしまいました。
次のページがあるのかな、と思ってめくってしまえば、感動が半減してしまいそうです。
最後の1行と、その後の空白に、僕は泣きました。
ロバート・L・フォワード『竜の卵』Dragon's Egg, 1980
●山高昭訳 ハヤカワ文庫SF 1982
紀元前50万年、太陽系から50光年離れた星域で中性子星が誕生した。超新星爆発の恐るべきエネルギーによって、秒速30キロ、すなわち一万年に一光年というかなりな固有運動を与えられた中性子星は、一路近くの隣人、太陽系へと向かったのである……。そして2049年、探査宇宙船セントジョージ号は、<竜の卵>と名づけられたこの中性子星の周回軌道に乗り、観測を開始しようとしていた。だが、直径20キロにみたぬこの中性子星上に、まさか知的生物が存在していようとは!? 最新の科学理論を駆使して、人類と中性子星人とのファースト・コンタクトを描く、ハードSFファン待望の書!
地球とは異なる生命進化を描くところ、それらの生命とのファースト・コンタクト(さらに未知の地球文明を神格化してしまうところ)など、J.P.ホーガンの『造物主の掟』に似ています。
ただ、スケールが(まさに縮尺が)違います。
『造物主の掟』が、両者の外面的な特徴が近いこともあってファースト・コンタクトがわりと容易に進んだのに対して、『竜の卵』はこれが大変。
まず生命体としての規格が違います。
中性子星人は直径5mmほどのアメーバ状なのです(※巨大な質量をもつ恒星が超新星爆発を起こした後に生まれるのが中性子星。直径は数10キロでも質量は太陽と同じくらいあるので途方もない重力をもつ。小説上の設定は、表面重力670億G、地表温度8000度。よって、5mmのアメーバ状というのが科学的に許容できる中性子星人なのだそうで)。
そして何よりもこの作品を面白くしているのは“時間の流れ”です。
中性子星人との相対時間尺度が100万倍違うので、地球人の時間の尺度で15分が過ぎると中性子星人は世代交代してしまうのです。
この時間尺度の違いにより、中性子星人はまさに驚くべき速さで地球文明の知識を吸収し、追い越して行くこととなります。
両者の“物理的”ファースト・コンタクトは、「自らの姿を地球人に見てもらうのに、地球人の目の焦点が合うまで彼らの時間で数日間直立不動で微動だにしない」という努力を必要とするものになってしまいますが、これが滑稽などでなく感動的な場面に仕上がっています。
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ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』The Starry Rift, 1986
●浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF 1987
やった! これでようやく宇宙に行ける! 16歳の誕生日に両親からプレゼントされた小型スペースクーペを改造し、連邦基地のチェックもすり抜けて、そばかす娘コーティーはあこがれの星空へ飛びたった。だが冷凍睡眠から覚めた彼女を、意外な驚きが待っていた。頭の中に、イーアというエイリアンが住みついてしまったのだ! ふたりは意気投合して〈失われた植民地〉探険にのりだすが、この脳寄生体には恐ろしい秘密があった…。元気少女の愛と勇気と友情をえがいて読者をさわやかな感動にいざなう表題作ほか、星のきらめく大宇宙にくり広げられる壮大なドラマ全3篇を結集!
「たったひとつの冴えたやりかた」「グッドナイト、スイートハーツ」「衝突」の3編からなるオムニバス形式。
主人公はすべて地球人だが、遠い未来、“(銀河?宇宙?)連邦草創期の人間〈ヒューマン〉のファクト/フィクション”を研究したいという学生(もちろん地球人ではない)のために、図書館司書(これも地球人ではない)が古い文献の中からこの3作を選び出す、という形式をとっています。
地球人の(地球人である僕らからすると“地球人らしい”)行動・考え方を、第三者(地球外種族)の目を通して客観的に提示し、それが理解と感動を得ていく、という設定がいいのです。
この“客観的に”という部分も徹底していて、それぞれの事件が通信記録や録音テープなどによって一旦検証され、その過程をも含めて記録されているという体裁を取っているのも面白いのです。
……ややこしい言い回しは終了。
主人公の少女コーティーが、元気で、前向きで、勇気があって、そして最後まで健気にがんばる姿に涙するべし。
それぞれのストーリーは、どちらかというとオーソドックスで、スペースオペラ風の舞台設定に物足りなさを覚える人がいるかもしれません。
ま、あくまでティプトリー・ジュニアの入門編ということで。
氏の作品には男と女の“性差”を扱った衝撃的な作品が多いように見受けられます。
中でも『愛はさだめ、さだめは死』が、やはりティプトリー・ジュニアの真骨頂。
表題作のほか、「接続された女」「男たちの知らない女」など、読み応えありです。
作家ティプトリー・ジュニアの人生とその“正体”も、小説に負けず衝撃的です。
各翻訳書の序文・あとがきに詳しいので、是非一読いただければと。
ロバート・アスプリン『銀河おさわがせ中隊』Phule's Company, 1990
●斎藤伯好訳 ハヤカワ文庫SF 1992
銀河最大の兵器会社の御曹司で億万長者、そのうえ宇宙軍中尉のウィラード・フール。そのフールはとんでもないドジをふみ、罰として辺境惑星に駐留するオメガ中隊指揮官に任ぜられてしまった。オメガ中隊――それは宇宙軍の落ちこぼれの吹きだまり。このはみだし連中を立派な兵士にしてやる。思いたったが百年め。鋭い頭脳と豊富な財力にモノをいわせたフールの大活躍が始まった……。爆笑の痛快ユーモア・ミリタリーSF。
(読み直します)
田中芳樹『銀河英雄伝説』
●創元SF文庫 2007
銀河系に一大王朝を築きあげた帝国と、民主主義を掲げる自由惑星同盟が繰り広げる飽くなき闘争のなか、若き帝国の将“常勝の天才”ラインハルト・フォン・ローエングラムと、同盟が誇る不世出の軍略家“不敗の魔術師”ヤン・ウェンリーは相まみえた。この二人の智将の邂逅が、のちに銀河系の命運を大きく揺るがすことになる。日本SF史に名を刻む壮大な宇宙叙事詩、星雲賞受賞作。
時は“宇宙暦八世紀”だし、舞台は“銀河系”。
どこからどう見てもSFなんだけど、この“セレクト100冊”に「歴史小説」のカテゴリがあれば、そちらに分類するところです。
全10巻という長尺で描かれるのは、まさに歴史の“うねり”そのものであるし、歴史を動かしていく者と歴史に翻弄されていく者との人間ドラマです。
世代を越えた意志の継続と人物の成長も描かれているし、“大河小説”といってもいいかも。
告白すると、アニメ作品やゲームの存在もあって長いこと“オタク”のものだと思って敬遠していました(まあ実際その方向での熱狂的なファンも多いみたいだすが)。
そして半信半疑で手にとって今度は登場人物一覧に唖然。
文庫版第2巻でいうと、巻頭の“登場人物”に記載されているのは40人超えです。
でもって人名が長い(笑)。
ラインハルト・フォン・ローエングラム、ジークフリード・キルヒアイス、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト、パウル・フォン・オーベルシュタイン、ウォルフガング・ミッターマイヤー、エトセトラ、エトセトラ……。
「外国の小説は人の名前が覚えられんけん読めん」という故郷の母だったら、間違いなくここで本を閉じます。
でも大丈夫。
ここに名前が出てこない登場人物の名前も覚えてしまうくらい、各々の登場人物は個性的だし、その組み合わせも絶妙です。
“登場人物”一覧に戻らなくても、いや、そんな余裕すら与えないほど、ストーリーに引きずり込まれることを保証します。
全10巻という長尺も気になりません。
2巻まで読ませてしまえば田中芳樹の勝ちです(さすがにビックリした)。
7巻に至ると、もう止まりません(田中芳樹は皆殺し)。
全10巻読み終えても、外伝が4冊もあるオマケつき。
読まないときっと損をする。
グレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』Blood Music, 1985
●小川隆訳 ハヤカワ文庫SF 1987
遺伝子工学の天才ヴァージル・ウラムが、自分の白血球から作りだした“バイオロジックス”――ついに全コンピュータ業界が切望する生体素子が誕生したのだ。だが、禁止されている哺乳類の遺伝子実験に手を染めたかどで、会社から実験の中止を命じられたウラムは、みずから創造した“知性ある細胞”への愛着を捨てきれず、ひそかにそれを研究所から持ちだしてしまった……この新種の細胞が、人類の存在そのものをおびやかすとも知らずに!気鋭の作家がハイテク知識を縦横に駆使して、新たなる進化のヴィジョンを壮大に描きあげ、80年代の『幼年期の終り』と評された傑作!
(読み直します)
フィリップ・K・ディック「ディック傑作集」
●『ディック傑作集(1) パーキー・パットの日々』浅倉久志ほか訳 ハヤカワ文庫SF 1991
火星人との戦争で人類はかつての豊かな生活を奪われた。地下シェルターに暮らすカリフォルニア地区の住民に残された楽しみといえば、パーキー・パットという女の子の人形と古き良き時代の町の模型を使うシミュレーション・ゲームだけ。そんなある日、オークランド地区ではパットよりずっと成熟した女性人形を使っているという噂が……。表題作ほか、処女短篇「ウーブ身重く横たわる」など鬼才ディックの傑作短篇10篇を収録。
●『ディック傑作集(2) 時間飛行士へのささやかな贈物』浅倉久志ほか訳 ハヤカワ文庫SF 1991
アメリカで行なわれた国家的なタイム・トラベル実験で、タイム・トリップ中に爆発事故が起きた。ひとつの空間に同時に複数の物体は存在できないという原則を破ってしまったらしい。時間飛行士たちの運命は……表題作。ある日チャールズは、ガレージにいる父親がふたりになっているのに気がついた……「父さんに似たもの」など、読む者を現実と非現実のはざまへと引きずりこむ、名手ディックならではの悪夢にみちた9篇。
●『ディック傑作集(3) ゴールデン・マン』浅倉久志ほか訳 ハヤカワ文庫SF 1992
神が降臨してきたかのような姿だった――。真昼の太陽を浴びた黄金像そのままの青年。だが彼は、現人類をはるかにしのぐ能力をもつミュータントだった。スリリングな追跡ドラマの表題作をはじめ、雨の夜に妖精の訪問をうけた男の物語「妖精の王」、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の原型となった「小さな黒い箱」など歿後十年を経て、全世界でますます評価の高まる幻視者ディックの世界を満喫できる傑作集第三巻。
●『ディック傑作集(4) まだ人間じゃない』浅倉久志ほか訳 ハヤカワ文庫SF 1992
12歳以下の子どもたちが“生後堕胎”の名のもとに殺戮される戦慄の未来を描いた問題作「まだ人間じゃない」、異星人による奇妙な侵略をうけた地球の物語「フヌールとの戦い」、広告戦争が極限まで達した騒々して未来社会を描いた「CM地獄」などの秀作中短篇8篇をおさめたほか、詳細な自作解説や、孤高の天才ディックが心情を赤裸々につづり、作品世界への鍵となる貴重なエッセイも併録した決定版ディック傑作集第四巻。
(読み直します)
小川一水『第六大陸』
●ハヤカワ文庫JA 2003
西暦2025年。サハラ、南極、ヒマラヤ―極限環境下での建設事業で、類例のない実績を誇る御鳥羽総合建設は、新たな計画を受注した。依頼主は巨大レジャー企業会長・桃園寺閃之助、工期は10年、予算1500億、そして建設地は月。機動建設部の青峰は、桃園寺の孫娘・妙を伴い、月面の中国基地へ現場調査に赴く。だが彼が目にしたのは、想像を絶する苛酷な環境だった―民間企業による月面開発計画「第六大陸」全2巻着工。
(読み直します)
アーサー・C・クラーク『楽園の泉』The Fountains of Paradise, 1979
●山高昭訳 ハヤカワ文庫SF 1987
赤道上の同期衛星から超繊維でできたケーブルを地上におろし、地球と宇宙空間を結ぶエレベーターを建造できないだろうか?全長四万キロの“宇宙エレベーター”建設を実現しようと、地球建設公社の技術部長モーガンは、赤道上の美しい島国タプロバニーへやってきた。だが、建設予定地の霊山スリカンダの山頂には三千年もの歴史をもつ寺院が建っていたのだ…みずからの夢の実現をめざす科学者の奮闘を描く巨匠の代表作。
(読み直します)