広瀬正『マイナス・ゼロ』

My favorite 99 books

マイナス・ゼロ 広瀬正・小説全集・1 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

『マイナス・ゼロ』
河出書房新社(1970)/河出書房新社(広瀬正小説全集/1977)
集英社文庫(広瀬正小説全集/1982)
タイムマシンを駆って、少年時代の自分の住んでいた懐しい古き良き時代にやってきたひとりの男……。 非凡な空想力と奇想天外なアイディア、ユーモア精神と奇抜などんでん返しで、タイムトラベル小説の最高峰と謳われ、今や日本SF史の記念碑的存在となった著者の第一長編小説。
広瀬正は不遇の作家である。 作家デビューして10年間を“売れない作家”として過ごし、処女長編となるこの『マイナス・ゼロ』(1970)でやっと認められたものの、1972年、48才の若さで路上にて心臓発作に倒れてしまう。 『マイナス・ゼロ』『ツィス』『エロス』と三作連続して直木賞候補になりつつ受賞を逃したことも残念である。 「報いられることなき期間があまりにも長かった作家であり、それに比して報いられることがあまりに短期間だった作家」(筒井康隆)であった。
 タイムトラベルものである。 昭和38年が物語のスタート地点。 主人公の元に18年前、東京大空襲の際に行方不明になった隣の娘・啓子が18年前の姿で現れる。 空襲の際に啓子の父がタイムマシンを使って娘を逃がしたということらしい。 主人公は自らタイムマシンに乗り込むが、手違いが起きて昭和7年に取り残されてしまう……。 その後、話は昭和7年・20年・38年の間で複雑に錯綜し、ここでまとめるのはとても無理。 でも最後のどんでん返しまで一気に読めるエンターテインメントに仕上がっている。 ハイライン『夏への扉』に匹敵する作品だと思う。 『夏への扉』が未来へのタイムトラベルを描いた(…といっても執筆された1957年から見た1970年)のに比べて、この作品は過去への旅。 “古き良き昭和初期”のノスタルジー豊かな描写も加わって、この『マイナス・ゼロ』の方が日本人読者には馴染みやすいだろう。



Biography

Bibliography

マイナス・ゼロ, 1970

⇒“My favorite 99 books”

ツィス, 1971

ツィス 広瀬正・小説全集・2 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

河出書房新社(1971)/河出書房新社(広瀬正小説全集/1977)
集英社文庫(広瀬正小説全集/1982)
二点嬰ハ音(ツィス)が聴こえる。いたるところで、いつも聴こえる。耳鳴りだろうか?ひとりの若い女性の訴えから始まったこの奇妙な公害事件。その耳障りな音は、はじめ緩慢に社会を浸し、やがてマスコミの報道とともに急ピッチで拡大、ついに首都圏は一大パニックに陥る……。
広瀬正を薦めてくれたN氏が「『ツィス』は今ひとつ……」なんて言ってたのでそれほど期待せずに読み始めたんだけど……。 なんの,なんの,面白い。
 序盤,静かに(“騒音災害”なので「静かに」というのは変だけど)事態の片鱗が見えてきて,だんだんと社会的現象になっていくあたり,パニックものの基本をしっかり抑えてる。 ふと小松左京『日本沈没』を読み返したくなったりする。
 ラストのどんでん返しは,ある意味,予想通り。 この“しかけ”はなくてよかったかもしれない。 N氏が「今ひとつ……」といったのも,この辺に理由があるのかもしれない。 とはいっても、“騒音災害パニック”というのは斬新なアイデアだと思うし、このアイデアでなければラストのどんでん返しは使えないのだから、やはりこの結末は最高の選択肢なのだろう。

エロス -もう一つの過去-, 1971

エロス 広瀬正・小説全集・3 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

河出書房新社(1971)/河出書房新社(広瀬正小説全集/1977)
集英社文庫(広瀬正小説全集/1982)
ある大物女性歌手の歌手生活37年を記念するリサイタルの<現在>と、その時点から37年前の昭和8年、東北から18歳の少女が上京してくる<過去>。その過去に、あり得たかもしれない<もう一つの過去>の介入が、やがてドンデン返しとして、<現在>の意外性を浮き彫りにする。「もしあのとき……していたら」という仮定法を適用して、二つの過去をパラレルに移動させた傑作長篇。
「もしあのとき…していたら」というテーマ自体、なにか“もの悲しさ”が漂うものである。 そして時代設定が昭和初期であるだけに、太平洋戦争に突入していく当時の日本の不安も重なって、やはりなにか“もの悲しさ”を感じざるを得ないストーリーであった。
広瀬正といえばノスタルジー。 昭和初期の風物・事件がこと細かに本筋に織り込んであって、「あ、この年に親父が生まれたんだ」なんて思いながら読んでいく楽しみもあった。 この部分にこだわりすぎたきらいもあるが、最後にちゃんと仕掛けが用意してあった。 単純といえば単純、ありがちといえばありがちなんだけど、それだけにね……。

鏡の国のアリス, 1972

鏡の国のアリス 広瀬正・小説全集・4 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

河出書房新社 1972/河出書房新社(広瀬正小説全集) 1977/集英社文庫(広瀬正小説全集) 1982
ひとりの青年が銭湯につかっていた。ふと気がつくと、そこはいつの間にか女湯になっていて、追い出された彼が迷い込んだのは、左右が逆になっている”鏡の中の世界”だった。――美容整形医の私のところに、性転換手術の相談にきた青年が語る奇妙な体験。すべてがあべこべの世界で彼が遭遇した出来事の数かずは……。他に短編三作品を収録。
【収録作品】「鏡の国のアリス」「フォボスとディモス」「遊覧バスは何を見た」「おねえさんはあそこに」
星雲賞日本長編部門(1973)受賞

cover

「鏡の国のアリス」――中篇。左右逆転の世界(鏡の世界)に迷い込んでしまった男の話。 タイムトラベルものだと文化の違いや発明品・事件の知識のギャップが面白みのタネになるんだけど,この作品では左右逆転のギャップを最大限に提示している。 左右逆転の世界をパラレル・ワールドとして設定するのはありがちだが,そこで量子力学まで持っていっちゃうところでやや難解な記述が続く。 ルイス・キャロルが『鏡の国のアリス』を書いた秘密まで話を持っていくところはなかなかに面白い。
「フォボスとディモス」――SF短篇。 火星に旅だった宇宙飛行士が2人になって戻ってきた。 1人は火星人のスパイ・ロボットに違いない。……という,P.K.ディックの「にせもの」と「人間らしさ」を足したような話。 決着のつけ方もディックの短篇に似てるんだけど……。
「遊覧バスは何を見た」――遊覧バスを通して,東京という街の変遷とそこに住む人間の運命を描いた,ノスタルジーあふれる短篇。 こういうの好き。
「おねえさんはあそこに」――SF短篇。 主人公の少年の心を通して,少しずつ“真実”が明らかになっていく展開が良い。
※左は1972年6月16日、広瀬正百日忌のために作られた特装版。布張り、函入り。

T型フォード殺人事件, 1972

T型フォード殺人事件 広瀬正・小説全集・5 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

講談社(1972)/河出書房新社(1972)/河出書房新社(広瀬正小説全集/1977)
集英社文庫(広瀬正小説全集/1982)
荒れ狂う台風の夜、隠居した元社長の豪邸に七人の男女が集まり、1924年製T型フォードが披露される。そして、46年前、この車内で発生した密室殺人事件の真相を探るゲームが始まった。そこで再び殺人事件が……。本格探偵小説の表題作のほかに、中篇二本を収録。
【収録作品】「T型フォード殺人事件」「殺そうとした」「立体交差」
「T型フォード殺人事件」――46年前の“過去の事件を語る”形で得意の古きよき時代に生きる人たちを描きながら、それを推理する“現代”においてトリックの推理と新たなる殺人というサスペンスを盛り上げる趣向。よく使われる手法だけど、両方ともそれなりにしっかりしてて読むのに飽きない。 小説中のトリックはそれほどたいしたものじゃないけど、“小説自体に”トリックが仕掛けてある。
「殺そうとした」――サスペンス短篇。タイトルがいいね。
「立体交差」――こっちはSF。 タイムトラベルものとしてありがちな展開・結末を、ここまであっさりと書かれると、かえって新鮮。

タイムマシンのつくり方, 1973

タイムマシンのつくり方 広瀬正・小説全集・6 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

河出書房新社(1973)/河出書房新社(広瀬正小説全集/1977)
集英社文庫(広瀬正小説全集/1982)
不思議な形をしたある“もの”に未来の学者連中が首をひねる、著者最初のSF「もの」をはじめ、あふれるばかりのアイディアと創造力、凝りに凝った構成とたぐいまれなユーモア精神の中で、SFの魅力と論理性を追求した鬼才の短編、ショート・ショートの集大成。
【収録作品】「ザ・タイムマシン」「Once Upon A Time Machine」「化石の街」「計画」「オン・ザ・ダブル」「異聞風来山人」「敵艦見ユ」「二重人格」「記憶消失薬」「あるスキャンダル」「鷹の子」「もの」「鏡」「UMAKUITTARAONAGUSAMI」「発作」「おうむ」「タイム・セッション」「人形の家」「星の彼方の空遠く」「タイムマシンはつきるとも」「地球のみなさん」「にくまれるやつ」「みんなで知ろう」「タイムメール」「(付録)「時の門」を開く」
フィニィやディックを彷彿とさせるアイデアや雰囲気が盛りだくさんで楽しめる。