アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』

My favorite 99 books

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『そして誰もいなくなった』
青木久惠訳 早川書房/クリスティー文庫
さまざまな職業、年齢、経歴の十人がU・N・オーエンと名乗る富豪からインディアン島に招待された。しかし、肝心の招待主は姿を見せず、客たちが立派な食卓についたとき、どこからともなく客たちの過去の犯罪を告発してゆく声が響いてきた。そして童謡のとおりに、一人また一人と……ミステリの女王の最高傑作!
 そして誰もいなくなった…。余韻を残しつつ静かに読んでみよう。 原題は“And Then There Were None”。 ‘And Then’で一回ためて,‘There Were None’と一気に読むのが正しい(と思う)。 とりつく島もないほど物語の終末をイメージさせるタイトルである。 でも,クリスティの80を超えるミステリ世界に手をつけようとするならば,「そして誰もいなくなった」から始めるのがいい。
 「クリスティ好きなんでしょ?読んだことないからいいの紹介してよ。」
 こう頼まれることが多い。 そして私はいつも迷うことなく,「そして誰もいなくなった」を薦めてきた。 逃げることのできない空間に閉じ込めらた数人の男女が正体不明の何かにひとりまたひとりと殺されていく……という展開は今やサスペンス小説・ホラー映画の定番になっていて,設定からして“面白い”のは当たり前。 この作品自体,戯曲化も映画化もされているから2度楽しめて,それも結末が違うというオマケつき(だから今回の舞台が初めてという方は小説版も読んでみてくださいね)。 それに“童謡殺人”というテーマや怪奇幻想的なムード,そして登場人物たちの心理的な葛藤など,他のクリスティ作品につながるいろんなエッセンスがこの作品には詰めこまれている。
 加えて「そして誰もいなくなった」に名探偵が登場しないというのもポイントが高い。 “小さな灰色の脳細胞”を駆使するエルキュール・ポアロ,“饒舌で詮索好きな老嬢”ミス・マープル,冒険好きのおしどり夫婦トミーとタペンス……と,クリスティが創造した主人公たちはみな魅力的だけど(私は「スパイ大作戦」ばりのトリックを仕掛けるパーカー・パインも好き),その個性故にクリスティ初心者は“ポアロ派”や“マープル派”に引き込まれてしまうことになる。 探偵役のイメージに縛られずにクリスティを読んでもらうのにはうってつけの作品なのである(でも2冊目にポアロもの読んだら,“ポアロ派”になっちゃうんだろうなあ…)。
 “まずは「そして誰もいなくなった」から…”と人にクリスティを薦め続けて10数年。 これが高じて4年ほど前からインターネットでクリスティの作品を紹介するホームページを公開している。 タイトルは「Delicious Death(甘美なる死)」。 クリスティ・ファンならピンとくる言葉を選んでみた。
 最初はクリスティの作品を箇条書きにしただけのページだったのに、全国各地のクリスティ・ファンの皆様から投稿やデータ提供の形で応援をいただいて、今では作品の内容紹介や登場人物リスト、読後感想など、盛りだくさんの内容に成長している。 インターネットに接続できる方は是非とも一度ご覧になっていただきたい。 リストの中からまだ読んでない本が見つかるかもしれないし、情報交換の掲示板ではクリスティの作品紹介や読後感想にとどまらず、イギリス旅行や紅茶の話まで話題は広がっている。 きっと、あなたにとってのクリスティ世界も広がるはずである。 私のページの他にも、クリスティをより深く知ることのできるホームページはたくさんある。 主だったものをあげておくので、参考にしていただきたい。
 「Delicious Death」は英語版のページも作成していて、こちらの目玉は国内外のクリスティ本の表紙ギャラリー。 自分のコレクション約800冊を(基本的に出版元の許可を得て)掲載していたところ、何人もの海外のコレクターからも画像データの提供があり、今では2000冊を超える表紙画像が集まってしまった。 彼らは、私のホームページをすべて印刷して、自分の蔵書と1冊1冊つき合わせ、載っていないものを見つけるとデジタル化して送付……という涙ぐましくも地道な作業を続けてくださっている。 クリスティが好きな人に悪い人はいない…なんて思いながら、ホームページを更新する毎日である。
(※2000年に天王州アイル・アートスフィアで上演された舞台のパンフレットに寄稿した“「そして誰もいなくなった」から始めるクリスティ”をそのまま転載)


僕が選んだ「クリスティ・ベストテン」

And Then There Were None, 1939
『そして誰もいなくなった』
⇒“My favorite 99 books”

Death on the Nile, 1937

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『ナイルに死す』
加島祥造訳 早川書房/クリスティー文庫
美貌の資産家リネットと若き夫サイモンのハネムーンはナイル河をさかのぼる豪華客船の船上で暗転した。突然轟く一発の銃声。サイモンのかつての婚約者が銃を片手に二人をつけまわしていたのだ。嫉妬に狂っての凶行か?……だが事件は意外な展開を見せる。船に乗り合わせたポアロが暴き出す意外きわまる真相とは?
 オールスターキャストで映画化された「ナイル殺人事件」(1978/英)の原作。 クリスティは二度目の夫で考古学者のマックス・マローワンに同伴して何度も中東を訪れており、本作の他にも『メソポタミアの殺人』『死との約束』『死が最後にやってくる』『バグダッドの秘密』など中東を舞台にした作品が多い。 作中の犯罪トリックも群を抜いて鮮やかだが、中東を舞台とする雰囲気の妙と人間関係の複雑さがこの作品の最もすばらしいところである。
 僕はこの作品に触れて(正確には映画を観たのが先)、クリスティにハマる前にエジプトに夢中になってしまい、ついにはエジプトの遺跡発掘に参加するに至ったのであるが、そんな意味でも大きな影響を受けた作品である。 でもナイル河クルーズはまだ未体験。いつか、きっと。

Absent in the Spring, 1944

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『春にして君を離れ』
中村妙子訳 早川書房/クリスティー文庫
優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる……女の愛の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いロマンチック・サスペンス。
 メアリ・ウェストマコット名義のロマンス小説。 犯罪は起きないし、探偵が謎を解いたりもしない。 それでも“クリスティらしさ”に溢れている作品だ(と思う)。 主人公はイギリスに帰る途中で交通事情による足止めにあい、早い話が手持ち無沙汰になってしまう。 それまで自分の責務を果たすことに忙殺されていた日常が途切れ、突然、止まった時間の中に放り出されてしまうのである。 彼女は自分の人生を振り返り、そして徐々に気がついてしまう。 自分の人生が、自分が今まで思い描いていたような完璧なものでなかったことを。
 物証ではなく心理面から推理を進めるエルキュール・ポアロ、日常会話の中のちょっとした一言から矛盾を暴きだすミス・マープル、これらの特徴がこの作品の中に十二分に活かされている。 確かに死体もトリックも探偵も出てこないが、その分、あまりにも身近なテーマであるともいえる。

The Hollow, 1946

ホロー荘の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『ホロー荘の殺人』
中村能三訳 早川書房/クリスティー文庫
アンカテル卿の午餐に招かれたポアロは、少なからず不快になった。邸のプールの端で一人の男が血を流し、傍らにピストルを手にした女が虚ろな表情で立っていたのだ。が、それは風変わりな歓迎の芝居でもゲームでもなく、本物の殺人事件だった!恋愛真理の奥底に踏み込みながら、ポアロは創造的な犯人に挑む。
 まるで犯罪自体が関係者の憎しみと不安と優しさを糧にして、生き物のように変化しているような印象を受ける作品。 ある人間の意思が事件に方向性を持たせ、別の人間の思惑がそれを捻じ曲げる。 トリック自体は鼻で笑ってしまうようなものだけど(これもクリスティにとっては計算内)、事件を複雑にするのはトリックだけではない、ということ。 こうなると合理的な推理は無理な話で(クイーンだったら解決できないかも)、心理面からの推理を得意とするポアロだからこそこの難事件を解決できたような気がする。
 「危険な女たち」というタイトルで日本で映画化されていて、あまり出来がいいとは言えないんだけど、大竹しのぶが異常なまでにハマリ役。

A Murder Is Announced, 1950

予告殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『予告殺人』
田村隆一訳 早川書房/クリスティー文庫
その朝、新聞の広告欄を目にした町の人々は驚きの声をあげた。「殺人お知らせ申し上げます。12月29日金曜日、午後6時30分より……」いたずらか?悪ふざけか?しかし,それは正真正銘の殺人予告だった。時計の針が予告の午後6時30分を指したとき、銃声が響きわたる!大胆不敵な殺人事件にミス・マープルが挑む
 新聞に殺人予告が掲載され、住人たちは不安がったり悪趣味だと憤慨しながらも、“いそいそと”その場に集まってくる(この部分、読んでて面白い)。 そして、悪ふざけやゲームだと思われていたにしろ、関係者全員の注目の真っ只中で本当に殺人が起きてしまうのである。 よくもまあ、こんな大それたプロットを思いついたものである。 そしてこの大胆無謀な設定を、まったく無理のないストーリーとして収束していく構成力は、さすがクリスティである。 動機の設定も非常に説得力がある。
 余談だけれども、作品中に“Delicious Death”(甘美なる死)という名のお菓子が出てくる。 僕が別サイトで運営しているクリスティのホームページのタイトルはここから採った。 チョコレートとバターをたっぷり、あと砂糖と干し葡萄も使った、「食べたら死んでもいい」くらい美味しいケーキなのだそうだが、どんな味なんだろう。

The Mirror Crack'd from Side to Side, 1962

鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『鏡は横にひび割れて』
橋本福夫訳 早川書房/クリスティー文庫
穏やかなセントメアリ・ミードの村にも、都会化の波が押し寄せてきた。新興住宅が作られ、新しい住人がやってくる。まもなくアメリカの女優がいわくつきの家に引っ越してきた。彼女の家で盛大なパーティが開かれるが、その最中、招待客が変死を遂げた。呪われた事件に永遠不滅の老婦人探偵ミス・マープルが挑む
 何がすごいって動機の設定。 クリスティが書いた100冊近いミステリの中で、一番説得力のある殺人の動機である。 「そりゃ殺すわな」というのが正直な感想。 そしてこの動機は、ある意味クリスティがこだわり続けた“あるテーマ”の延長線上で必然的に発生したものでもある。 下記の映像化でも、この部分は充分に描ききれていなかったので、映画を見た人も、是非、原作を読んでいただきたい。
 映画化され、日本でも「クリスタル殺人事件」(1980/英)というトンデモない邦題で公開されているが、往年のハリウッドスターの華やかな同窓会という感じが否めない。 ジョーン・ヒクソン主演のBBC版(1992)の方が原作に忠実でよい。

Sleeping Murder, 1976

スリーピング・マーダー (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『スリーピング・マーダー』
綾川梓訳 早川書房/クリスティー文庫
若妻グエンダはヴィクトリア朝風の家で新生活を始めた。だが、奇妙なことに初めて見るはずの家の中に既視感を抱く。ある日、観劇に行ったグエンダは、芝居の終幕近くの台詞を聞いて突如失神した。彼女は家の中で殺人が行なわれた記憶をふいに思い出したというのだが……ミス・マープルが、回想の中の殺人に挑む
 クリスティが得意とした“回想の殺人”の代表作である。 何年も、ことによっては何十年も昔におきた犯罪を、関係者の証言(=回想)から推理していくのである。 当時その場に居合わせた人の話を聞きながら、思い込みや装飾を殺ぎ落として事件を再構築し、証言のちょっとした食い違いから事件の真相に迫っていく。 物証がない分、会話中の伏線の張り方は緻密で、解決の際のインパクトが大きい。 そして長い時間、真実と共に潜み続けてきた悪意というものに恐れを感じないではいられない。
 クリスティの“回想の殺人”は他に『象は忘れない』『五匹の子豚』『復讐の女神』などがある。

The ABC Murders, 1936

ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『ABC殺人事件』
堀内静子訳 早川書房/クリスティー文庫
注意することだ――ポアロのもとに届けられた挑戦状。その予告通り、Aで始まる地名の町で、Aの頭文字の老婆が殺された。現場には不気味にABC鉄道案内が残されていた。まもなく第二、第三の挑戦状が届き、Bの地でBの頭文字の娘が、Cの地でCの頭文字の紳士が殺され……。新訳でおくる著者全盛期の代表作。
 一見、無差別のように見える連続殺人の中に、その関連性と犯人の真の目的を探る“ミッシング・リンク”ものの代表作。 ABC順に予告殺人が進行するという設定自体にインパクトがあるし、展開の方もテンポがよくて読みやすい。
 小学生の時にあかね書房の児童向けリライト版で読んだ、最初のクリスティ作品である。 その点でも僕にとっては印象深い作品。

Witness for the Prosecution, 1954

検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『検察側の証人』
加藤恭平訳 早川書房/クリスティー文庫
街中で知り合い、親しくなってゆく金持ちのオールドミスと青年レナード。ある夜そのオールドミスが撲殺された。状況証拠は容疑者の青年に不利なものばかり。金が目当てだとすれば動機も充分。しかも、彼を救えるはずの妻が、あろうことか夫の犯行を裏付ける証言を……展開の見事さと驚愕の結末。法廷劇の代表作!
 ラストのどんでん返し、インパクトの大きさでは群を抜いている。 裁判劇が苦手な人でも、我慢してこの結末までたどり着くべし。 裁判の過程の検察側と弁護側の駆け引きも充分おもしろい。
 ビリー・ワイルダー監督、マレーネ・ディートリヒ主演の「情婦」(1957/米)も大変いい出来である。 こちらも是非。

Towards Zero, 1944

ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『ゼロ時間へ』
三川基好訳 早川書房/クリスティー文庫
残忍な殺人は平穏な海辺の館で起こった。殺されたのは金持ちの老婦人。金目的の犯行かと思われたが、それは恐るべき殺人計画の序章にすぎなかった――人の命を奪う魔の瞬間“ゼロ時間”に向けて、着々と進められてゆく綿密で用意周到な計画とは?ミステリの常識を覆したと評価の高い画期的な野心作を新訳で贈る
 倒叙物といえばいいのだろうか、叙述トリックというか、とにかく作品自体に仕掛けがある。 読んでダマされて下さい(笑)。
 殺人犯といえば大抵悪いやつで嫌なやつで友達になりたくないやつなのは当たり前なんだけど、執念というか、悪意(の塊)というか、とにかくこの作品の真犯人はずば抜けてそんなやつ。